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東京高等裁判所 昭和50年(ラ)412号 決定 1975年10月28日

抗告人

富士ビル開発株式会社

右代表者

浅井忠良

右代理人

小林宏也

外二名

相手方

株式会社森永キヤンデーストア

右代表者

松崎一雄

外五名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人代理人は「原決定を取消す。相手方らの本件申請を棄却する。」旨の決定を求め、抗告理由は別紙のとおりである。

抗告理由の第一点は相手方らとの賃貸借契約上のビル管理規程改正権に基づき、閉店時刻の繰上げおよび週休制を定めて門扉を閉じているから、東京地方裁判所が昭和四九年八月三一日同庁同年(ヨ)第五、六九四号仮処分事件についてした仮処分決定(以下本件仮処分という)に抵触せず、仮処分に違反していないというのである。抗告人のいう右門扉開閉の権限を有するとの点は、仮処分の被保全権利の存否に関する事項あり、仮処分で定めた不作為命令に違反する行為を排除するためその間接強制を求める本件では適法な主張とはならない。そればかりではなく実体的にも失当である。すなわち、賃貸借が成立し、賃借人が賃貸借に基づき平穏に建物を使用中に、賃貸人が建物管理規程を一方的に改正し、門扉の開閉等の時間を変更して、賃借人の従前どおりの建物使用を一部不能とすることは、従前の賃貸借の一部の解約と同様の結果を生ずるから、一部解約の正当事由がないかぎり許されないはずである。また、たとえ、賃貸人がビル管理規程の改正だけで一方的にできる旨特約しても、そのような特約は借家法一条ノ二に違反する賃借人に不利な特約たる疑いがあり、同法六条により無効であると解する余地がある。したがつて、抗告人の右主張は失当である。

抗告理由の第二点は、原決定は、これに従わないときに抗告人の支払うべき金額につき、相手方らの商店一日当り荒利益額を基準として算定しているが、右金額は、本来民法上の損害賠償額と同一額とすべきであり、各商店一日当り純利益額を基準として算定を求めるというのである。民訴法七三四条による間接強制として損害賠償額を定めるのは、債務名義の内容である行為(作為または不作為)義務を心理的に強制しそれによつてその行為を行なわせようとする趣旨であり、右行為義務の填補賠償額を定め本来の執行に代つて右金銭債権を執行しこれをもつて満足させようとする趣旨ではない。したがつて、その損害賠償額は、通常、右趣旨目的を達成するのに必要かつ十分で一応の合理性が存在すれば足り、必ずしも、民法四一五条又は七〇九条以下の債務不履行又は不法行為による損害賠償額の算定と全く同一であることを要しないと解するのが相当である。記録によると、原決定は各相手方らの商店における荒利益を基準としてその損害額を算定したことが認められるが、右損害額の算定は、前記説示の間接強制の額としてはその目的を達するのに必要かつ十分で一応の合理性が存在するものということができる。抗告人としては、まず、本件仮処分命令を遵守した上で、仮処分命令に不服があれば仮処分異義によつて争うほかはない。したがつて、抗告人の右主張も失当である。

よつて、本件抗告は理由がないのでこれを棄却し、抗告費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(浅沼武 加藤宏 高木積夫)

〔抗告の趣旨〕

原決定を取消す

相手方の右各間接強制命令の申請を却下する

抗告費用は相手方らの負担とする

との御決定を求める。

〔抗告の理由〕

一、抗告人が相手方ら各テナントに対してなしたところの賃貸借契約及びビル管理規則の変更部分のうち、閉店時刻の繰上げ並びに週休制の採用は、管理規則の新たな改正によつてなされたものである。即ち、右改正は賃貸借契約上の管理規則制定権にもとづいて行つたものであつて、いづれも合理的な範囲内のものであることは明らかである。従つて、右合理的に変更したところに対しては仮処分の効力の及ばないことは固より当然といわなければならない。然りとすれば、以上の合理的範囲内において変更改正したところは何ら仮処分決定に抵触するところがなく原決定は間接強制命令の前提を欠いているものといわなければならない。

二、仮りに右主張が認められないとしても原決定の認定した相手方らが右変更改正によつて被ると主張する営業損失額はいわゆる荒利益であつて純利益はこれを大巾に下まわるものであることが明らかである。

しかるに原決定は相手方らの主張するところの荒利益を営業によつて上るところの純利益(=営業損失)であると認定し、右金額を抗告人に対し支払うよう命じて来たものであるから原決定はこの点に於て誤つているものといわなければならない。

三、また原決定の損害賠償額算定の基礎となつた売上額の期間の採用及び利益額(損害額)の算出に誤謬があることが明らかである。

以下売上期間・利益額の算出について梗概を述べると次の通りである。

(一) 売上額の期間について、

相手方(債権者)らは、昭和四九年一月より一二月に到る一ケ年間の売上額を基礎にしているが、相手方らとの賃貸借契約は昭和四九年七月末日迄は旧来の契約が存続していたものであり、同年八月一日以降契約消滅の状態となつたものであるから、昭和四九年八月一日以降の売上高を基礎とすべきである。

また、月間の休日の増加三日、閉店時刻の一時間繰上げ実施は昭和五〇年二月一日以降実施したものであるので、昭和四九年八月一日より同五〇年一月までの売上額を基礎にすべきものであるといわなければならない。

(二) 利益額の算出について、

原決定は、相手方(債権者)らが前述売上額に対し、通常採用されている荒利益率(債務者は争わない)を乗じ荒利益(売上額より原価を控除したもの)を算出し、荒利益から人件費、販売管理費、金利、家賃等を控除することなく、ほぼ荒利益額と同額を利益額にして申立てた金額を純利益なりと認定しているが、荒利益と純利益とは根本的に相違することは論をまたない所である。したがつて、原決定による損害賠償金は明白な誤認があるものといわなければならない。

即ち、相手方(債権者)算出は次の通り、

別紙債権者算出による損害賠償金記載のとおり

抗告人(債務者)算出は次の通り別紙債務者算出による損害賠償金記載のとおり

尚、「荒利益に対する予想純利益率の採用については」ダイヤモンド社発行「専門店の経営戦略」川崎進一著「純利益の標準は荒利益額の二〇%である」によつたものである。これが要旨は荒利益を一〇〇%とした場合そのうちに占める割合は、

人件費  三五%

販売管理費  一〇%

金利  一〇%

家賃  二五%

利益  二〇%

となつているものである。

原決定額は左の通り債権者算出額に同額を採用されているものである。

債権者名

一日当り

一時間当り

伊藤ハム

福田屋

七四、〇三二円

八、二二五円

新東

三、四九三円

三八八円

萩原商事

一九三、八六五円

二一、五四〇円

高正

一二五、五八七円

一三、九五四円

森永

三三、一八五円

三、六八七円

四、ちなみに、損益分岐点関係計数値を採用して夫々債権者申立資料中の売上高を基礎として、その営業利益を算出すると次の通りである。

債権者名

営業利益一日当り

(率)

一時間当り

福田屋

四、〇六四円

3.3

四五一円

伊藤ハム

四、〇六四円

3.3

四五一円

新東

一、一八九円

2.8

一三二円

萩原商事

八七、六二三円

2.0

九、七三五円

高正

一五、五五二円

3.2

一、七二八円

森永

五、二〇八円

7.3

五七八円

小計

一一七、七〇一円

一三、〇七五円

合計

一三〇、七七六円

右営業利益を標準予想利益(荒利×二〇%)へ換算すると

福田屋

七、三一五円

八一二円

伊藤ハム

七、三一五円

八一二円

新東

九五一円

一〇五円

萩原商事

一五七、七二一円

一七、五二四円

高正

二三、三二九円

二、五九二円

森永

七、八一二円

八六八円

二〇四、四四三円

二二、七一三円

合計

二二六、七一三円

五、よつて、債権者算出の荒利益を利益額にしたものを採用した決定は誤謬であるので、本件抗告に及んだ次第である。

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